僕にとっての嘘と真実-超個人的前向き解釈による映画の感想- | アントニオ(教授)のブログ

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※ネタバレ注意です※

推しの今泉さんがあのような形で卒業となった後は、意識して欅を避けていて、グループに対してもどちらかというと「怒り」の感情しかなくて、昨年念願だったセカアイのMVロケ地を訪問して、欅に対して心の中では決着を付けたつもりだったのですが、やはりどうしてもあの「奇跡の2016年」からの変容が気になるというか納得できないというか何があったのか知りたいという気持ちがあって、映画、見てきました。

なので、最初はかなり批判的、懐疑的な見方をしていたのですが、徐々にわだかまりが消えるような感覚、気持ちが軽くなるような感覚を感じました。今では、再生する新生欅坂をもう一度応援してみようかな、という気持ちにさえなっています。

以下は、文脈の隙間を私の勝手な思いで解釈して埋めた、超個人的な、でも前向きな映画の解釈・感想です。あくまでも「個人の願望」ですので、「そんなことあるはずない」と言われれば、そうなのかもしれませんが、いいんです、また夢を見れそうだから。もしよろしければ長文お付き合い下さい。


映画を見て思ったのは、メンバーで流れを変えることが出来たポイントが2つあったかな、ということ。


1つは、2017年の紅白、平手さんが倒れて運ばれて、その後、平手さんが「一旦欅坂から離れたいと思う」とメンバーに伝えた時。平手さんの「みんな、欅坂46で、楽しい?」と聞いた、あのとき。そう言えば、映画は平手さんからのその問いかけで終わってたけど、あの後はどういう会話がなされたんだろう...

ともかく、その時、メンバーは「平手がいてくれないと」という選択をします。ここで、「分かった、少し休んで」「後は自分たちで」とならなかった所が1つのポイントかな、と思います。

平手さんの「離れたい」は、きっと「(欅坂46のために、みんなのために)離れた方がいい」ということだったんだと思うんです。そうでないと、その後の「みんな、欅坂46で、楽しい?」にはつながらないと思うから。でも、その平手さんの思いがうまく伝わらないし、伝えられないし、メンバーもくみ取れないし、で。おそらく、そういう「雰囲気」を最初に感じたのが今泉さんではなかったのかな、と思うんです。今泉さんは2017年4月の1stアニバーサリーライブの後、休養に入ります。その時のことを、確か「休みたい、休まなきゃ、とずっと思ってて、あのライブが限界だった」と語っていたのを何かの記事で読んだ記憶があります。この辺りのことはまた後で。

メンバーが「平手がいてくれないと」と思ったのは、2017年のツアーで平手さん不在の公演があって、そこで思うようなパフォーマンスが出来なかったからと思うのだけど、平手さんはきっと、このままじゃ欅坂46にとってよくない(自分だけが目立つようになった、特に4th以降)、と思って、「一旦欅坂から離れたいと思う」という発言になったと思うんですよ。平手さんとの握手で、確か誕生日近くの時に抱負を聞いたとき、「欅坂46をもっと大きくしたい!」って言ってましたから。それは本心だったと思うんですよね。

この話が紅白後のいつなされたのかは分からないですが、おそらく2018年1月の武道館3日間が急遽けやき坂46による3日間公演になったのと無関係ではないと思います。平手さんの怪我により欅坂の公演は中止とアナウンスされましたが、1人いないだけでグループとしての公演が出来ないのか、という批判も当時ありましたが、おそらく怪我は真実ではなかったかもしれないし(本当だったとしてもそれだけが理由ではない)、1人いないだけで公演できない、を選んだのは欅坂の平手さん以外のメンバーだったと思うし、それをどういう思いで平手さんが感じていたのか、その選択をした他のメンバーはどういう気持ちだったのか。。この武道館の件は映画にはないですが、この2017年紅白後の平手さんの「欅を離れたい」発言とそれに対するメンバーの回答・姿勢は一つのターニングポイントだったと思います。

その後、2018年3月リリースの「ガラスを割れ!」では変わらず平手さんがセンターです。その両隣を今泉さんと小林さんが固めます。当時は「最高の3人!」と思いましたが、今考えると、今泉さんには辛い「センターの隣のポジション」だったんだろうな、と思います。

当時の、というか、恐らくデビューからの「平手がいてくれないと」という雰囲気の中で、今泉さんの「センターになりたい」は少なくとも多数派ではなかったはずです。それでいじめと取られるようなこともきっとあったのだと思います。純粋に個人的な思いで「センターになりたい」と思っていたのか、欅坂46の事を考えて「センターになりたい」と思っていたのかは分かりませんが、ともかく主流派ではない点、「平手がいてくれないと」と強く思うメンバーが増えてきた点、いろんな事が相まっての最初の休養だったのではないかと推測します。

そして休養明け。2017年8月の幕張で復帰ですが、その時の欅坂は、(おそらく当時から思っていたであろう)平手さんの思いとは裏腹に、「平手さんがいてくれないと」がより強くなったグループになってしまっていた訳です。きっと今泉さんは居場所を見つけられなかったんだろうな、と思います。それでまた休養しがちになっていったのは仕方が無いことだったのかもしれません。そして年末の紅白、その後の平手さんの「離れたい」発言とメンバーによる「平手がいてくれないと」発言につながります。メンバーの「平手さん依存」がピークになりつつあるこの時期、「ガラスを割れ!」でセンター隣のポジションに「センターになりたい」と言っているメンバーがいる、しかもソロ曲もユニット曲ももらっているとなると、そこはやはり色々とあったのだろうと推測できます。休みがちになって再度休養に入るのは致し方なかったのかなと思います。

武道館後の2018年の欅坂の活動、平手さんは一旦欅坂を離れたいと思っていた気持ち(それは決して我が儘ではなく欅坂のことを思ってのこと)もあって、欠席しがちになります。この頃にはおそらく自分がやりたいことと、それを実現する場所は欅坂46ではない、ということに平手さん自身が気が付いていたのではないかと思います。そうでなくても、少なくとも自分だけが注目されるグループとなることは本意ではなかったはずです。だから、思いとは裏腹に自分だけが注目されて大きくなっていく欅坂46の存在が辛かっただろうと思います。

そして、その平手さん不在の2018年の2ndアニバーサリーライブで、メンバーの意識が変わってきます。2017年はいわゆるセンター不在の「歯抜け」でライブをやったりしていたものを、2018年の2ndアニラでは曲毎に代理センターを立ててライブを行います。そこで「自分たちでもできるのではないか?」という思いが芽生えてきたのだと思います。2018年の紅白も平手さん不在です。おそらくこれは、平手さんが欅坂46のために思い描いていたことそのものだったはずですが、その気持ちがメンバーに伝わらなかったと思われます。あくまでも私の主観ですが、自信を持ったメンバー、「平手がいなくてもできるんじゃないの?」と思ったメンバーにとって、「平手が理解できない、何を考えているか分からない」とのくすぶっていた思いが形を変えて大きくなって、休みがちなのに常にセンターにいる平手さんの存在が疎ましくなってきたのではないでしょうか。一年前に平手さんが「一度欅を離れたい」と言ったときに「平手がいてくれないと」と言っていたメンバーが、です。そして恐らく、これも私の勝手な思いではありますが、「センターになりたい」と言っていた今泉さんを「センターは平手に決まってるだろう」と良く思っていなかったメンバーが「今泉の気持ちはこういうことだったのか」と思ってくれたのではないかと。しかし、今泉さんは2018年11月4日に卒業してしまいます。時既に遅し。ただ、だから今は関係が改善されているのではないのかな、もしくは、卒業後のメンバーの変化が分からずわだかまりが残り続けているかもしれない今泉さんも、会いさえすればわだかまりは消えるのではないかな、と淡い期待をもっているんです。映画を見た後にそう感じました。もちろん、そんな簡単なことではないことは理解していますけど。。そう思いたいんです。

平手さんは、自分のためにも欅のためにも「自分が一度グループから離れた方が良い」と考え、今泉さんはどこまでグループのためにと考えていたかは分かりませんが、自分がセンターに立ちたいと考えていて、そんな2人が仲が悪いわけは無いですよね。うん。これも願望ですが。

2018年~2019年にかけては、メンバーの「平手さん依存」の体質が変わって来た時期のように映画から思えました。菅井さんが映画公開時のインタビューで、「映画の中で平手のことを(悪く)言っているシーン、今は気持ちは違ってて一緒にご飯だって行くのに。。当時の気持ちなんだと思って見て欲しいですね」というようなことを語っていたことからも分かるように(ただ、このシーンが時系列的にどこだったかがあやふやで。もう一回映画見なきゃ、かな)、おそらくこの時期は「平手、ちょっと面倒くさい」と思っていたメンバーか多かったのでしょう。結果的に平手さん依存のグループではなくなる道程が見えてきたとはいえ、メンバーが平手さんに対して「我が儘で分かりづらい」という思いを持った事は、平手さんの本意ではなかったはずです。いや、平手さんなら、そう思われても良いから自分が欅坂から離れて残ったメンバーで欅坂を大きくしてもらいたい、と思っていたのかもしれません。

そして2019年2月、「黒い羊」がリリースされます。センターが平手さんで「僕だけがいなくなればいいんだ」は今考えると意味深すぎる歌詞ですよね。。


そして、もう一つの「メンバーか流れを変えることが出来たのではないか?」と思ったポイント。それは、9thのMVの撮影に平手さんが来ず、その理由が、楽曲の世界観が自分が考えるものと違う、という理由であった時です。この時、「だったら、9thは平手抜きで私たちでやらせて下さい」と言えていたとしたら。

恐らくこの「9thMV撮影ボイコット」に関する平手さんの発言も、本心であり、自分の居場所はもう欅坂ではないという宣言であり、他のメンバーに「みんなが欅坂を大きくしてくれ」というメッセージだったと思うんですよ。しかしいかんせん、伝え方が良くないし、その言葉の裏をくみ取ることもできないメンバーという。。救いは菅井さんの先ほどのインタビュー記事なんですよね。「今はご飯も一緒に行くのに」という事実。これは非常に大きい意味をもっていて、メンバーの気持ち、人に対する印象、考え方というのは、その時その時の事象で大きく変わっていて、大きく揺れ動いていた5年間だったということなんですよね。だから、今泉さんに対しても、当時は確かにいじめのようなこともきっとあったのだと思うのだけど、今は考えが改まっているのではないかと期待をしてしまうわけです。

ともかく、9thは結局リリースされないままということになってしまいます。恐らくメンバーの平手さんに対するネガティブな印象がピークになっていた時期ではないでしょうか。平手さんの欅坂を思っての行動が裏目裏目に出てしまい、理解されないまま、世間的にはますます「欅坂は平手さんのグループ」という印象だけが強くなっていくことに、きっと平手さんは辛かったのだろう、耐えられなかったのだろうなと、申し訳ないですが映画を見終わった今だから思えます。

2019年の東京ドーム、終わった後に平手さんがメンバー1人1人を抱きしめて「もう一緒にはできない」と語ったというシーン。ここで、皆ようやく分かり合えたのかな、と思います。

平手さんは、やりたいことを欅坂46というグループでは実現できない事から、何かを成し遂げたことを意味する「卒業」ではなくて「脱退」という言葉を使ったのだと思います。そしてそこには、自分がいなくなることで欅坂46はもっと大きくなる、という思いもあるのだと思います。自ら身を引くから、送り出してもらうわけではないから、「卒業」ではなくて「脱退」。

そして残されたメンバーは、「平手がいなくてもやっていける」という自信を「ようやく」身につけて次に進める、という現状なんだと思います。

みんなが理解し合って「居場所」を見つけた、ということなのでしょう。

だから、改名の必要は無いんじゃないのか、というのが私の映画を見ての印象です。世間的に大きなイメージを持たれてしまい過ぎたから、この際改名しての再スタートを選んだのかもしれませんが、改名すると欅坂時代の楽曲はやらない(やりづらくなる)のではないかとも思うし。それより「欅坂46」の名前で、新しい解釈での「不協和音」などを聴いてみたい。もう「不協和音を恐れたりしない」でしょう、現実的にも。成長したし。平手さんも「欅坂」の名前を残して欲しかったんじゃないのかなぁ。。どうだろう・・?

平手さんに対するメンバーの思いが、この5年間の間に様々に変化していったであろうことと同じように、きっと今泉さんに対するメンバーの思いも動いていて、あるタイミングでは確かにいじめもあったと思うけれども、今は気持ちもお互い理解できているのではないかと期待してしまいます。そうあって欲しいです。

私は映画を見終わってそういう印象を持ったので、リスタートの新たなグループは、また応援してみようかな、という気になりました。そして、欅坂46の初代オリジナルメンバー21人には、何十年か後に集まってもらって、思い出話でもして欲しいな、と、そう思いました。

多感で繊細で傷つきやすく他人とのコミュニケーションが苦手な21人が敢えて選ばれたのか、たまたまそうだったのか、このような展開を見越しての「サイレントマジョリティー」であったのか、サイマジョの注目度が予想以上に大きかったから方向性を「不協和音」の方向に舵を切ったのか、は分かりませんが。。

1つだけ言っておきたいこと。映画全編を通して、「おいおい、この時周りの大人は何をやっていたんだよ」という思いになることが多かったのですが、ちょうど私がそう思っていたときにシーンがTAKAHIRO先生のインタビューに変わり、確か「大人の役割は?」というような質問だったと思うのですが、その回答が(暫く間があって)「見守るしかないですよね」という回答で。あぁ、なるほどね、と。いやぁ、すべてが計算の上でのことだったとは思えないのですが、それでも「見守っていた」んですね。大人って残酷。。苦悩する若者を目の当たりにして、「これは売りになる」とでも解釈したのかと。結果的にみな幸せになりそうだから良かったけど、それは結果論であって。

握手会で「欅坂46を大きくしたいです!」と話してくれた平手さんの笑顔は忘れられないですし、「ちやほやされるためにアイドルになったのではありません」と真っ直ぐなまなざしで語ったお見立て会での平手さんも忘れられません。結局、平手さんはこの2つの思いのまま、ずっと同じ思いと覚悟で、そしてその2つの思いの狭間で葛藤しながら活動してきてたのだと思います。でもその存在感が大きくなるに従ってグループの中での平手さんへの他のメンバーの感情というか平手さんの存在位置が変わってきて(平手さんが孤立してきて)、その時にメンバー間でうまくコミュニケーションが取れなくなって、様々な誤解が誤解を生んで。。ということがあったのでしょう。そしてようやく今、お互いが理解できた状態なのではないでしょうか。困難、辛苦を乗り越えて、反省して理解し合って成長して1つになった(と思いたい)新生欅坂が見られそうだからこそ、一時期敢えて避けていたこのグループをまた見てみたいという意識になりました。

欅坂46を大きくするために「脱退した」とも考えられる平手さんのためにも、新生欅坂は頑張らないといけないですね。

だから、映画を見て涙はありませんでした。「うん、分かった、また応援しよう」という前向きな気持ちです。

唯一泣きそうになったシーンは、小池さんの「2人セゾン」のシーンでした。映画の主題を越えて、あれは「Documentary of 小池美波」として素晴らしかったです。