ペスとパコはお屋敷の建物に入ると、地下室へつづく階段を下って行った。ペスはパコの手を強く握って離さなかった。地下室の扉をあけた。パコは手を引っぱられながら狭い物置でもあるのだろうと思っていた。だが扉があいてなかに入ると、案外広いガランとした空間だった。
 ペスは扉を閉めた。壁にあるスイッチを探り当てて、照明をつけた。部屋が明るくなった。古い彫像があった。
 こんなところになんの用があるのかとパコが考えていると、ペスはパコの手を離した。そしてパコの身体をいきなり抱きしめた。パコはおどろいて声を出した。
「静かにして」ペスが言った。「命令よ。黙っていなさい」
 パコは無言でうなずいた。ペスはパコを抱きしめながらパコの唇に自分の唇を押し当てた。ペスの唇は柔らかかった。パコはわけのわからないことをされる恐ろしさに震えていた。
「わたしが怖いの?」
「……うん」
「わたしの言うこと聞かなきゃダメ」ペスはパコを抱きしめたまま、またパコにキスした。「あんたたちの仕事を失いたくなければ言うこと聞くのよ?」
 パコは震えながら何度もうなずいた。ペスはパコの胸に自分の胸をギュッと押しつけた。少女の胸の膨らみがパコの胸に押し当てられて、その感触がパコに感じられた。ペスはパコの手をとると自分の胸の膨らみに運んだ。パコに胸を触らせた。
「やらしいわね」ペスはそう言いながら息を吐いた。「女の子の胸触るなんて」
 パコの手首をペスの手が握っていた。
「ホラ。もっとこっち」ペスはパコの手が彼女の胸の膨らみの中心にある突起を覆うようにさせた。「ここ、触って」
 パコが尻込みしていると、ペスは怖い顔をしてパコの背中を片腕で抱き、背中に爪を立てた。「痛いっ」パコが声を洩らすと、ペスは爪を立てたままで「言う通りにしないと、もっと痛くするよ?」と脅した。パコはうなずいて、ペスに言われたように手のひらをペスの胸の中心部にある突起に押しつけた。突起は固くなっていた。
「グリグリやって」ペスは切ない吐息を吐きながらパコに命じた。「やりなさい」
 パコはペスの胸に押しつけた手のひらを回した。ペスがたまらずに声を洩らした。パコは同じ動作をしばらくつづけていた。やめてよいとペスに言われなかったからだった。パコの手のひらが胸の突起を撫でつづけると、ペスは背中を反らしてわなないた。その場に崩れてしゃがみ込んだ。
「大丈夫?」
 パコは心配になってペスにかがみ込んだ。ペスは床に座り込んでパコを仰ぎ見た。ペスの目は潤んでいた。
「パコ。わたし、服脱ぐから」
 ペスは服を脱ぎ始めた。ブラウスを脱いで下着姿になってしまった。パコは年頃の少女のそんな姿を見るのははじめてなので、心臓がドキドキした。ペスは下着だけになると、ペスにも床に座るように言った。
「裸になるわ」ペスは下着を外した。素肌の胸の膨らみが露わになった。「さあ、パコ。触りなさい」
 パコが躊躇していると、ペスはパコの右手をまた彼女の左胸の膨らみにもっていき、掴ませた。「揉んでごらん」ペスに命じられてパコは手をうごかした。膨らみは固かった。パコの五本の指がペスの胸の膨らみを揉みしだくと、ペスは上を向いて喘いだ。
「もっとわたしにくっついて」
 ペスはパコの腕を引っぱって自分を抱かせるようにした。パコは左腕でペスの背中を抱きながら、右手でペスの胸の膨らみをいじっていた。

 お屋敷の正門がひらき、一頭立ての馬車が入った。馬車から正装した若い紳士が降り立った。紳士は帽子を脱ぐと、お屋敷の建物へ近づいた。
 玄関の扉があいてメイドが姿を見せた。
「はい、どちらさま……」来客を見てメイドはすぐ表情を変えた。「いらっしゃい。お待ちしていました、タレガさん」
「閣下は?」とタレガ。
「ご主人様は、あいにく、お留守です」メイドはあいにくと言う時にアクセントを込めた。「協会の理事会に出かけてらっしゃいます。晩までお戻りになりません」
「そいつはまったくおあいにくさまだ」タレガはそう言ってニヤニヤした。「さ、部屋へ上がろう」

 タレガは上着を着て帽子かけから帽子をとると建物の玄関へ出た。玄関から地下へ下りる階段のとば口で、地下室から物音がするのに気づいた。
 地下へ下る階段を足音を立てずにそうっと下りた。地下室の入口の扉に近寄ると、なかから聞こえるのは人の声らしいとわかった。女の声がかすかにする。タレガは扉のノブを掴むと、音がしないように慎重に回した。扉をゆっくり引っぱった。
 わずかな隙間から地下室のなかを覗き込んで、声の主を確認した。不思議なことに、いましがたタレガ自身が二階の使用人部屋で聞いていたのと同じ種類の切ない声がする。隙間に目を近づけて見た。
 このお屋敷の令嬢、彼の婚約者でもある少女がそこにいた。少女は上半身裸で、見知らぬ少年に身体を触らせていた。
 タレガは扉を閉めた。ガチャンと音がした。もう構わなかった。階段を足早にのぼると玄関からそとへ出た。

 朝。パコは食事の時間に電話に出た父親が、食卓に戻ってきて厳しい顔をしているのに気がついた。父親は息子を向いて言った。
「子爵様からだ」父親は卓上のパンに手をつけずに「ジュニア。お前昨日、子爵のお嬢様になにかしたか?」
 パコは一瞬黙り込んだ。それから「なにが?」ときき返した。「なにかって?」
「いや、わしにもわからん。子爵様がお前とお嬢様のことで話があるそうだ」
 パコは胸騒ぎがしていた。昨日、地下室でペスに命じられるまま裸の彼女の身体をまさぐっていた。その時不意に、入口の扉が閉まる音がした。だれかが入口に立っていたのだ。自分たちがしていることを見ていたのではないか。
 パコの父親はその日ナルシソ子爵に呼び出されてお屋敷へ出かけ、昼すぎに帰ってきた。帰宅した父親はカンカンに怒っていた。パコはその剣幕におどろいた。父親は早口で叫んだ。
「話にならんっ」父親は仕事道具を玄関の床に叩きつけた。「子爵との契約を切るぞ。あの馬鹿者の娘を造園組合から訴えてやる。感化院ものだ」
「どうしたの、父さん?」パコがきいた。
「ジュニア。お前わかってるんだろう? 子爵の娘にやられた仕打ちを」
 パコの父親が子爵に会いにゆくと、子爵に「うちの娘とお宅の息子が地下室でふしだらなことをした」と聞かされたという。娘のペスが認めたため、息子のパコがペスに無理やりやったのか確かめたいと切り出されたらしい。
 ペスは「自分が命令して触らせた」と話したが、パコが欲望に駆られてペスをおそった疑いもある。子爵はわが子が進んで園丁の息子にふしだらな行いをさせたことを疑ってる様子だった。すでに婚約者がいる娘がそんなことをしでかすと思いたくないのだろう。
 パコの父親はペスが言う通りだろうと言い張った。息子が女の子にそんなことするはずがない。子爵の意見と平行線になり、しまいに二人は怒鳴り合った。
「お前もとんだ色狂いの娘にとっ捕まったものだな」父親はいきり立った。「庭師にも権利ってものがある。組合を通して正式に判事に申し立てをしよう。あの娘は報いを受けるべきだ……」
 パコはそれまで口をつぐんでいたが、おもむろに口をひらいた。
「やめてよ、父さん」パコは言った。「ペスは僕に悪いことしてないから。僕はペスが好きだから」
 父親はあぜんとして息子を眺めた。

 お屋敷の庭に一頭立ての馬車がとめてあった。馭者は建物の玄関から正装した紳士が現れたので馭者台を降り、座席の扉をあけた。ナルシソ子爵と紳士は挨拶を交わし、紳士は帽子をかぶった。
 その時、半びらきの玄関から一人のメイドが飛び出して、いま帽子をかぶった紳士の身体に抱きついた。子爵の顔にいぶかしむ表情が浮かんだ。当惑し、メイドを叱咤する若い紳士にメイドは泣きながらわめきつづけた。いぶかしさに替わってあきれ果てた表情がそれを見ていた子爵の顔を占めていった。

 パコはお屋敷の裏門をあけてなかへ入った。バラの茂みにやってくると、すぐ後ろで少女の声がした。
「パコ」ペスが言った。「ありがとう」
「なにが?」とパコ。
「パコがお父さんたちに話してくれたのでしょう?」ペスはパコの背中を抱いた。「わたしのしたことを許してるって」
「僕は許してるんじゃないよ」パコはペスのほうに向き直った。「僕はペスが好きだって言ったんだ」
 ペスは目をしばたたせた。その目から涙が浮かんでこぼれ落ちた。パコはペスの身体を抱きしめた。
「好きでもない男と結婚させられそうだったの」ペスはパコの肩に顔をのせて「でももう大丈夫。解消したから」
「ペス」パコは言った。「命令してよ。バラのトゲに手を突っ込んで、とか」
「馬鹿ね」ペスは言った。「本当にあんたをそんな目に遭わしたいわけないじゃない。傷ついて血が出てる手で、わたしの身体を触られたくないわ」
 パコはペスの顔を両手で挟んだ。
「キスしていい?」
「キスしなさい」ペスが言った。「命令よ。わたしの口のなかに舌を入れること」
 パコはペスの唇に唇を重ねた。