私の家は街はずれにある。駅から路面電車に乗ってバスに乗りかえ、殺風景な場所に出る。この辺りは原っぱが多く、人家もまばらだ。しばらく行くと道から脇にそれた土地にポツンとマンホールがある。
 このマンホールこそがわが家への入口なのだ。マンホールのフタをあける。マンホールはふつう重くてはめ込みをずらしてテコの要領を使わないとあかない。簡単にあかないようにしてある。だがわが家へ通じるマンホールは、私が大ぶりの鍵を鍵穴にさし込んでガチャリと回すだけで自動回転し、ゆっくりフタがもち上がる。
 マンホールの直径は大人一人分しかない。何人も入れるサイズにしたら出入口をマンホールにする意味はない。私の家は世の人々の目に容易にとまらないようにできているのだ。そう、私は隠遁家だ。こんなことを言うとさてはなにか良からぬことをしでかしてるのではと勘ぐる人がいそうだが、そうではない。ただ人目につきたくない、透明人間のように姿をくらましたいだけなのだ。
 マンホールのフタをあけてなかに入ると梯子段になっている。この梯子は数段つづいて、足元が地面につく。そこから階段になる。さらに階段をくだってゆく。階段に出ると鈍い灯りがついている。あまり眩しい明るさにしないのは地底の雰囲気を壊すからだ。
 階段をくだり切ったところで平坦な地面に出る。そこから先はトンネル。トンネルはわりと長い。トンネルの坑内にも等間隔で鈍い灯りがついている。トンネルを歩いてゆくと、また階段に出る。今度はのぼりだ。階段を上がってゆく。途中からスロープになり、なだらかな勾配をのぼる。スロープはうねうね曲がりながらつづいて、やがて尽きたところで明かりにみたされる。地上に出たのだ。
 そしてそこはすでに私の家のなかである。吹き抜けのエントランスに当たる。エントランスだが、戸外へは出られない。いや壁に非常用のハッチがあるから出られないことはないが、そこから出入りしたら地下道を歩いてきた意味がない。エントランスにはソファとテーブルがある。私はよくそこのソファに寝そべって本を読む。
 そとから見たら、この建物はまるで入口のない大きな筒に見える。建物の壁は丸く曲線を帯びている。地上階エントランスはガランとした広い空間である。見上げると地上三階の高さまで吹き抜けが洞をひらいている。
 エントランスから居室へ行くには建物の壁面に沿って設けられた階段をのぼる。またのぼりだ。私の家は運動不足解消の役に立つ。建物内の階段は壁伝いに螺旋状につづく。螺旋階段というよりスキップ・フロアをつなぐ通路というべきだろう。
 エントランスから二階部分へ階段を上がってゆくと、吹き抜けの空間に張り出したちょっとした床面に出る。二畳ほどのフロアに椅子が置いてある。空中リビングというわけだ。私はそこにオーディオと小さな音響機器を備えつけてある。アンプは吹き抜けの空間へ向けて置いてある。すなわちそこで音楽をかけると、下でソファに寝そべる私のところへ音が降ってくるしくみなのだ。
 空中リビングに円い窓があり、そとを眺められる。すると窓外の景色から私の家がどこに建っているのかわかるだろう。
 そう、私の家は丘の上に建っている。この丘はこの辺りで唯一の高台で、私の家は辺り一帯を見下ろせる場所にある。したがって丘の下の住民からは奇妙なデザインの私の家が見える。見えはするが、どうしても入れない。丘の上の建物には玄関がないからだ。また、郵便受けもない。私の家には郵便物が届かないようになっている。
 さて建物二階の空中リビングでそとの景色を楽しんだあとは、さらに壁伝いの階段をのぼるとしよう。階段をのぼって三階に相当する高さにつくとようやく吹き抜けの天井につく。空間を覆い尽くすフロアに出る。三階に出て、この棟の屋根がガラス張りのドームになっていることがわかるだろう。夜、灯りを消すと星々が瞬き、月明かりを浴びる空間となる。昼は三百六十度の広がりに青空を戴く。ここにキッチンがあり、ダイニングルームがある。観葉植物が置いてある。
 トイレはこの三階にはじめて出現する。この棟にトイレはひとつしかない。
 ダイニングルームを三階に据えた棟を食堂棟と称することもできるだろう。夕食はローソクの灯りで食卓を照らし、夜空の光に任せるのがムードある過ごし方だ。
 このダイニングルームの壁に扉がある。まさか空中扉かと思う人がいそうだが、扉をあけると、屋根つきの通路が現れる。正確には橋だ。さしたる距離でないが、手すりにつかまり十数歩ほどこの橋を渡ると隣の棟につく。そう、私の家はふた棟に分かれており、もうひと棟とは三階の高所に設けられた屋根つきの橋によってつないでいるのだ。この橋は屋根をかぶせてあるが、横は手すり以外なにもない。スリルを覚えながら隣の棟と行き来するように設計してある。大雨の日、横なぐりに降りつけると橋の上もずぶ濡れになる。
 橋を渡ったところに隣の棟の唯一の出入口がある。こちらの建物には出入口が一カ所しかない。三階の入口がそれである。扉があり、あけてなかに入る。この棟の三階部分は寝室になっている。ベッドとクロゼット。ほかに小さな机と椅子がある。そしてこの棟の屋根もまた、ガラス張りのドームになっている。満天の星空を眺めながら眠るのが私の習慣だ。
 こちらの建物を寝室棟と呼ぶとしよう。寝室棟は隣の食堂棟より小さい。円筒形の細長い建物で、寝室の広さも一般的な寝室よりいくらか広いぐらいのもの。
 三階の寝室から階下へ下りるにはまた壁伝いの階段をくだる。当初、くだり専用の滑り台をつくって階下へ行くのを容易にしようかと思ったが、階下からのぼるための階段と滑り台を併置したら面積を食うため断念した。
 三階から二階へ下りると二階はトイレならびに洗面所になっている。ほかにはなにもない。さらに壁伝いの階段を下りて地上階へ下りると、そこには脱衣所と浴室がある。広々としたバスルームに大ぶりの浴槽が据えてあり、なかほどより上の高さに壁いちめんにガラス窓がついている。
 以上が私の家である。遊びにこられた方には星空の下で夕食をご馳走しよう。ただし、他言は無用でお願いする。