その塔は崖の上にそびえていた。古城といったおもむき。塔のてっぺんの三角屋根の頂点には恐ろしいドクロを描いた旗が風になびいていた。
 どこから塔に入ることができるのか、にわかにはわからないほど周囲は切り立った地形だった。峻険な岩場がぐるりとめぐらしてあった。塔につづく道らしい道も見当たらなかった。
 だが塔のなかには人がいて、話をしていた。中背の中年男が中くらいの長さの軍服を中途半端に身につけて広間に立っていた。白髪頭の年配の紳士がやってくると中年男は軍服の襟をとめた。
「煉獄大使であるな」中年男は紳士を見て言った。「わしの右腕の貴君が、今日はなんの用で会いにきたのかな?」
 きかれて白髪頭の煉獄大使は答えた。
「閣下。このたびは謹んでご進言申し上げたく存じます」煉獄大使は頭を下げた。「われら秘密結社ジョーカーはいままで人類を征服し、世界中の人間どもをジョーカーの支配下に従属させるべく孤軍奮闘して参りました」
「うむ。まさにその通りだ」軍服の中年男はいかめしくうなずいた。「われらジョーカーの戦闘員たちの力をもってすれば、世界征服は不可能ではない。ていうか、このわし、ジャドー将軍の辞書に不可能の文字はない」
「そのはずでございました」煉獄大使は粛々と首を垂れた。「すべて将軍閣下のもくろみ通り、計画は遂行され、各国の権力中枢はことごとくジョーカーの手中に収まるはずでした。……あの仮面サイダーが現れるまでは」
 するとジャドー将軍は忌々しそうに舌打ちし、顔をしかめた。
「まったく、仮面サイダーのやつのせいでわしの計画は台無しだ」将軍は苛立たしく床を踏み鳴らした。「正義の味方を自称するあの覆面のごろつきがわがジョーカーの尖兵たちを次々に亡き者にしていった。ワニ男もピラニア男爵もドクターゲイも倒された。死んでいったわれらの兵隊の仇討ちのためにも、われらは必ずや仮面サイダーを倒さねばならん」
「そのことなのですが、閣下」煉獄大使はおずおずと言った。「わたしがご進言したいのはまさにその仮面サイダーのことなのです。あのサイダーのためにわれらジョーカーの戦闘員は半減してしまいました。そればかりか、先週サイダーと戦ってジャガー少佐がやられた時、あの憎き仮面サイダーは『これからジョーカーの本拠地へじきじきに乗り込む』と宣告したのです」
「うむ。確かにそんなこと言ってたな」ジャドー将軍は言った。「だがやつにはそんなこと実行できまい。第一にわれらの基地であるこのジャドー城を見つけ出すのが困難だ。第二に、よしんば見つけ出したとしてもこの城の入り方がわかるまい。そしてもし城の入口を運よく見つけたとしても、城内各所に設けた罠の餌食になるのは避けられまい」
「ところがです、閣下」煉獄大使が言った。「先日、このような手紙が城に届いておりました。閣下にお見せするのが遅れたことはまことに申し訳なく、お詫びいたします。実は閣下にすぐお見せすべきか、悩んでおりましたところでして」
「なにを悩んでいるのだ。その手紙はだれからだ?」
 煉獄大使は言いにくそうにしていたが、思い切って早口に答えた。
「仮面サイダーからです」
「な、なんだとっ」ジャドー将軍はおどろいて煉獄大使から手紙をひったくった。「それを早く言え。一体なにが書いてあるんだ……」
 ジャドー将軍は封筒のなかの便箋をとり出して読んでみた。

ジャドー将軍に告ぐ

 お前たちジョーカーの隠れ家はとっくに見つけ出してある。あの崖に建ってるジャドー城だろう? 城に入る方法もつきとめた。秘密の地下道があるんだな。入口は頑丈な鍵がかかってるが、ダイヤルを右へ二回転、左へ三回転半すればあく。
 明日の朝十時に参上する。首を洗って待っていろ。

           仮面サイダーより

 手紙を読むとジャドー将軍はソワソワし出した。咳払いをひとつして、クルリと煉獄大使に背を向けた。それから振り向いて口をひらいた。
「そうそう、煉獄大使。貴君に言い忘れていた」ジャドー将軍は言った。「わしは今日の午後から出張に行かなくてはならない。遠方だから半年ほど戻れない」
「閣下。わたしは閣下にご進言いたしたく存じております」煉獄大使はジャドー将軍のセリフを遮って言った。「仮面サイダーは予告通りこの城に乗り込んでくるでしょう。きっとそうなります。あいつの戦闘力の高さは仕掛けた罠をものともせず、われらの前までたどりつくにちがいありません。閣下。わたしは降伏をご進言いたします。あいつと戦って勝ち目はありません」
「なんだと? 仮面サイダーに降伏しろと言うのか?」ジャドー将軍は大きな声を出した。「そんなことはわしが許しても死んでいった兵隊が許さんだろう」
「閣下、これ以上は無駄な抵抗です」と煉獄大使。「戦ってもやつに殺されるだけです。床に手をついて土下座すれば、やつも許してくれるかもしれません」
「そうかな。しかし……」将軍は言いよどんで「あれ? 手紙には朝十時にくると書いてあったな。もうそろそろ十時だぞ」
「妙ですね。いや、この手紙が書かれたのは昨日ではありません。何日か前です。ということは……」
 ジャドー将軍の顔に邪悪な笑いが広がっていった。
「フハハハ、仮面サイダーめ。口ほどにもないやつだ。偉そうなことをうそぶきながら、わが城に入れなかったんだろう」
 その時、ベルが鳴った。城のそとにある郵便受けになにかが投函された合図だった。煉獄大使は一礼してとりに行った。
 やがて煉獄大使は金属製のお盆に封筒をのせて運んできた。
「閣下宛てに手紙が届きました」
 ジャドー将軍は不審がりながらペーパーナイフで封筒を切り、中身をとり出してひらいた。

ジャドー将軍殿

 このたび、わが畏友であり同じ格闘技道場「虎の穴」で学んだ兄弟子である仮面サイダーが、病に倒れ、不本意ながらに世を去った。(ジャドー将軍いわく「やったあ、ざまあみろ、悪は必ず勝つ」)悪性リンパ腫に罹ってたったの三日で逝去した。返す返すも惜しいことだ。(ジャドー将軍いわく「リンパ腫に乾杯」)
 貴殿らジョーカーを滅ぼすのが畏友仮面サイダーの使命であり、責務だと信じていた。及ばずながらこの私が畏友の信念を受け継いで、貴殿の城に乗り込む所存だ。
 いや、もうすでに乗り込んだ。この手紙を投函して間もなく、私はジャドー城の地下道に潜入している。首を洗って待っていろ。

           仮面サイバーより

「なんだ、こいつは?」ジャドー将軍は興奮して「仮面サイダーの代役か? もう城の地下道に潜入している、だと?」
 その時、またベルが鳴った。煉獄大使が首をひねりながら出て行った。なかなか帰ってこなかった。やがて煉獄大使は金属製のお盆に手紙をのせて姿を現した。
「閣下。また手紙です」煉獄大使は言った。「閣下にはわたしから手紙をお読みいたしましょう」
 煉獄大使は便箋をひらき、読み上げた。

将軍閣下、ならびに煉獄大使殿へ

 親愛なる秘密結社ジョーカーの代表・ジャドー将軍閣下と幹部の煉獄大使殿にお伝えします。先ほど、私が法定手続きを請け負った仮面サイバー氏が不慮の死を遂げました。
 死んだ場所は閣下の住まわれるジャドー城の廊下です。お城の廊下に仕掛けられたあの荘重な罠『鉄の童貞』……これが床にしつらえたスイッチを押すとひらかれた巨大なアゴが急速に閉じて無数の剣が内側にいた者を串刺しにすることは申すまでもなくご存じでしょう……に仮面サイバー氏は勇猛果敢に挑まれました。仮面サイバー氏はいまは亡き仮面サイダー氏の弟弟子に当たり、彼の身体能力は仮面サイダー氏にまさるとも劣りません。鉄の童貞がその牙を閉ざした瞬間、仮面サイバー氏はひらりと宙に舞い上がり、罠をかわして離れた地点に着地していたのであります。
 ところが、なんという不運でしょう。仮面サイバー氏はマントの裾を鉄の童貞の刃に咬まれていたのです。そのことに気づかず歩き出した仮面サイバー氏は、もんどり打ってその場に仰向けに倒れ、倒れた拍子に打ちどころ悪く後頭部をしたたかに打ち、昇天してしまったのであります。

「実際この通りでした」煉獄大使が口を挟んだ。「仮面サイバーらしき男が廊下にだらしなく伸びていました。まだ死体は片づけておりません」
「しめしめ。うまく行ったではないか」ジャドー将軍が言った。「間抜けなやつだ。これで敵は消えたな」
 ジャドー将軍はもう少しで喜ぶところだった。煉獄大使が言った。
「閣下。この手紙にはつづきがあります」

 仮面サイバー氏亡きあと、ジョーカーの拠点へ乗り込む勇気ある戦士は見当たりません。ですが私は仮面サイバー氏の法定代理人でありまして、氏が生前、もしも氏の身に大事が生じた場合、履行すべき条項について契約しております。その契約条項は通常第三者に秘匿すべきものでありますが、状況をかんがみて打ち明ける次第であります。
 仮面サイバー氏との契約条項は『一、仮面サイバー氏が世を去っても秘密結社ジョーカーは滅ぼすこと』『二、仮面サイバー氏亡きあとは代理人により使命を果たすべきこと』『三、氏の代理人はその責を果たしうる能力もしくは立場にいる者に一任すべきこと』です。
 第三条をよくよく考えた結果、私はジョーカーで将軍閣下の側近を務める煉獄大使氏に仮面サイバー氏亡きあとの代理人を任ずることにいたしました。心苦しい義務なのですが、煉獄大使氏に故人の遺志を継いでいただくようご通達いたします。

            法定代理人より

 ジャドー将軍はポカンとしていた。
「どういうことなんだ?」
「いえ。いま読み上げた通りでございまして」と煉獄大使。
「わけがわからん」ジャドー将軍は言った。「まさか、お前が仮面サイバーの遺言を受けてわしを殺すつもりじゃないよな?」
「いいえ、閣下」煉獄大使は答えて「先ほど、この城の地下に時限式の爆弾を仕掛けたところでございまして。爆発すると城の土台の崖もろとも崩れ落ちて海のもくずになります」
「ば、バカな冗談はやめろっ」ジャドー将軍は言った。「ジョーカーだからって冗談にもほどがある」
「いまがまさに時限でございまして」煉獄大使は腕時計を見て言った。
 轟音とともに激しい揺れがおそってきた。