現代アートの絵ってなんだ?

現代アートの絵ってなんだ?

絵が好きです。そして、現代アートも好きです。みんな分かっているようでよく分からないこと、それらについて僕も勉強するつもりで気ままに更新します。。。

 

まず初めに、自分がこの作家を認知した時には…

 

小ぶりの美術系月刊誌で、それも古本屋で立ち読みしながら『何かすごい人が世の中にはいるもんだ』などと思いつつ、自分には縁のない方なのだろうとさっさと思考を切り替え、別の古書に手を伸ばし立ち読みの疲労と戦っていたという、あまり良いとは言い難い記憶が蘇ります。

 

 

次に見かけたときは現代アートの祭典。『横浜トリエンナーレ』での巨大なオブジェで、その存在感にこの作品は常時はどこに保管しているのか?とか、倉庫に保存しているのだとすると保管料は一体、月幾ら掛かってしまうのだろうか?などと要らぬ心配をするという小市民ぶりを発揮しつつ、多分常に起こっているような怖い性格なのだと勝手に決めつけ記憶の引き出しにしまっていました。

 

 

そして今回、大個展巡回という機会に巡り合い、やっぱり観ておきたい衝動が抑えられず、東京展示に行ってきました。(2023年8月時点終了)

 

 

まず感想は、作家ご本人様がいらっしゃっていて、丁度ゲリラライブ演奏会を終えて会場の操作室から控え室に戻るその瞬間に目視した時『あ。御本人だ。居たんだ。』というこの一言に尽きますかね。

 

 

逆に言うと、もうそれ程までにある種の偶像化が達成されており、知名度とその作品のインパクトがその辺の作家を吹き飛ばす程の威力を持っていると言えるのではないでしょうか。

 

 

作品も一つ一つがどれも足を止めてしまう引力を放っていて、それが一個大隊の規模で会場に収まりきらないと思える程展示してあり、創作意欲を掻き立てる展覧会でした。

 

 

 

 

 

 

 

奥村千代・公式ページ

 

 

 

皆さん、おはこんばんにちわー。

 

前回更新から大分時間が経ってしまいました。

 

更新。頑張ります。多分。

 

最近暑くて何もする気が起きません。なので、ぽつぽつ絵なんか描いています。

 

理想的な環境ですね。

 

展覧会も魅力的な企画展がありますけど、ほぼほぼ我慢です。

 

飯を食べながら、今更ながら『エヴァ』(新世紀・テレビ版)のレコーダーに残った最終話から数話を見返したりしていまーす。

 

 

SNS上では上記の作品の意図について色々と仮説を語られていますが、自分的にもこれは逆説の意図があると感じられると思います。

 

まあそれが、良し悪しということは置いておいて。

 

まずはご丁寧に『恐怖』『不安』というテロップまで入れて煽る。シンジやアスカ、ミサトまでが過去のトラウマや喪失感などに『恐れ』を抱き、各キャラの内面を掘り下げる。

 

この演出自体、当時は斬新で一気に引き込まれたのをよく覚えていますが、今見返すと、とにかく視聴者の波動が低く押さえつけられるのが良く実感できました。

 

なので自分はこの作品を見終わった後、『恐怖』『不安』『恐れ』を特に意識しながら丁重に手放しましたね。

 

 

何はともあれ、最終劇場版の円盤売り上げ15万枚でこき下ろされるモンスター作品に敬意を表して。

 

 

 

 

添付画像はツイッターで公開してる漫画のある一コマのための鉛筆画です。これでもトレース数回でブラッシュアップ済みのカットで、これを元に原稿にデジタル作画しました。

 

 

 

 

 

 

添付動画は名作と呼ばずしてなんとすべきかの公式ダイジェスト

 

 

 

 

こんにちはー

 

 

最近色々と賛否を呼んでいる作品って珍しいと思うので是非とも一人でも多くの方の目に届きますように、との望みを込めて張っておきますね…

 

 

 

 

リコリスリコイル・配信公式(期間限定注意)

 

 

 

※後日、追記予定につき、本日のところはここまで…

 

 

 

 

添付動画は監督出演回のアニメコンシェルジュ

 

 

奇跡と一言で片付けるのには、余りにもその存在は多重的な意味を持っていて、しかしながら、偶然という言葉が当てはまるのかといえば決して同意できるわけでもない。

 

 

先日ドキュメンタリー映画を観に行ってきました。

 

「ももいろクローバーZ ~アイドルの向こう側~」

 

 

自分がどう多重的にグループを含めた現象を捉えているのか、それを分かりやすくレイヤーとして分析してみると…

 

まずは「モノノフ」と呼ばれるヲタクとしてのレイヤーの一面。

 

これはライブ会場などで公式の販売する各グッズを購入しそれらを身に纏うことで達成される表面上の物理的な一面。これは一般社会からの拒絶を体現する行為であると自分は捉えていて、ライブ当日の自分はファンとして恥じないよう振舞うが、それと同時にすまん没頭させてくれという精神的な無言のサイン。中には飽き足らず自分だけのグッズを作ってくる強者もいらっしゃるようですが…

 

 

 

「コール」と総称される各楽曲に寄り添う形で進化してきたライブ会場でファンが行う声援という一面。

 

これは元々、無印時代の名物ヲタと呼ばれていた方々などが中心となり他のアイドル現場で使われていた「コール」をももクロの現場用に応用したのが始まりと言われている「合いの手」の総称です。昔の曲が未だにファンの間で人気があるのもこれが影響していると自分は考えていて、新規楽曲が発表される程に声援の内容もワンパターン化してきた所に、感染症騒ぎにより現在は禁止事項になってしまったという現象で、会場の規模やファンの総数を考慮するとメンバー発案ならともかく、いちファンの突飛な声掛けを群衆と化したモノノフが無条件に受け入れるとは考え難く、時流の流れとして受け入れなければならないことのようです。

 

 

 

SNS部隊としてのファンというレイヤーの一面。

 

公式ページや非公式まとめサイト、その他主にツイッターとインスタやYoutubeチャンネルなどを駆使してグループの動向などを日々伺って、もし何かあれば初動ですぐさま対応するデジタル部隊。現在はこれらも鮮度に陰りが見えていることが否めないものの、名物マネージャーが気まぐれでツイキャスを更新されていて、現場の一線の声がダイレクトに聞くことができるのもありがたいことです。当時は当日発表の販促イベントなど普通の生活を送っている社会人には到底不可能とも思える集まりにも一定の集客があり、後から画像を見て感心したことを忘れません。度々、自虐的に使われる「#高度な情報戦」というハッシュタグ。これあながち間違っていないかも…

 

 

 

周囲から軽薄、若しくは拒絶反応を向けられる「変態」というレイヤーの一面。

 

これは今までこの文章に目を通してきた方々の何割かが抱いたであろう感情を全身で受け止める覚悟と書いても大げさではないと思っています。具体的には「気持ち悪い」「低次元」「ミーハー」「悪趣味」など。総称すると社会人として自立し自信に満ちた人が感じているであろう違和感のようなものです。他人依存と言い換えることも可能かもしれません。実際にグループの活動を見守ってみるとこれらの感情は誤解に変換されると自分は確信している(彼女らの前向きな姿勢や謙虚さ、困難に立ち向かう態度を見て、自分も頑張ろうと奮い立つため)のですが、それでも拒絶する人種は存在していて、これはもう意見の相違という他では表せません。悲しいことですが…

むしろ、それを逆にプライドとして誇っているファンもいたと思います。そのような態度の方々は自称「ヲタ」と自身をそれ以外と明確に区別されていたように記憶しています。

 

 

 

グループ。そしてメンバー個人の成長、行動や環境の傍観者としての記憶というレイヤーの一面。

 

これはまさにいちファンとしての基礎情報ともなる一面で、同時に同じファン同士においてのコミュニケーションツールとして機能する知識でもあります。特に現地にて直に経験した情報などは希少性があり、例えもし少ない情報であったとしても時間をかけて蓄積されたその個体としての情報群は、対価に変えることのできない財産といっても差し支えないと自分は考えています。直筆サインの入った生写真や限定販売された希少性の高い品々などもここの中に区分されるかもしれません。総称はお金では買えないモノでしょうか。

 

 

上記の事柄は実際、内部にどっぷりと身を浸してみないとほとんど見えてこない事で、逆に今回のドキュメンタリー映画では普段の映像などから感じ取ることのできない内容で、評価できる企画であったと思う反面、執拗に結婚観や異性についての聴き取りに尺を使う所など所詮在〇に支配された洗脳メディアの考えつきそうな内容で強制的な俯瞰させられてしまい…

 

 

 

しかしながら、これすらも必然だったのかもと考えてしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

添付画像は制作中の油彩画作品

 

 

 

 

 

 

公式サイトリンク

 

この夏、あのエヴァンゲリオン関連の販売済みの既製品を集めた展覧会が東京から始まっているのをご存じですか?

 

 

自分は開幕初日にいきなり一番、いや二番手の時間に予約を入れて覗いて来たのですが…

 

 

率直な感想は、とにかく様々な商品がこの20数年の間に販売され消費されてきた事を実感でき、そんな展示に心を遊ばせると言いますか…

 

 

缶コーヒーや、膨大な数のクリアファイルにフィギュアなどは記憶に残っているものの、工具やゴルフバッグ、ビックリマンチョコなどは自分の知らない展開だったため、とても貴重な機会で有りました。

 

 

テレビ作品(新世紀版)に旧劇場版(黒歴史のラスト)、序破急にこの前公開されたシン劇場版は複数回観はしたが陶酔ファンではない自分が見ても、楽しい気分になるのですからこれは一見の価値があると思います、興味がある方はぜひ足を運んでみてはどうでしょうか。

 

 

‐‐‐追記/2022.08.22‐‐‐

 

今年このような博覧会を開催するということで、その真意がどこかにないものかと自分なりに少しだけ探してみましたが、噂の域を出る情報は見つけることができませんでした。で、そのネットで囁かれている噂が「失われた12年の映像化」です。これは「劇場版エヴァ破」の最後でセカンドインパクトを引き起こしその後昏睡状態に陥ったシンジと、世界がセカンドインパクトに飲み込まれる寸でのところで命を賭してそれを止めたと言われている加治、そこから先シンジが目を覚ますまでのエピソードで、個人的印象ですが、「劇場版エヴァQ」の劇中にてこの間パイロットのアスカと綾波との間で壮絶なやり取りがやんわり表現されているように感じているのですが、これについてエヴァヲタを自認されるデジタル表現者の方々が各々持論を述べておられます。それについて自分が何か意見できる立場にないためこれ以上踏み込んでゆく事はやめますが、実際これが企画として具現化すれば勿論自分は応援してゆきたいと思います。

 

 

余談になりますが、精神世界では現在3次元から徐々に5次元世界に移行が進んでおり、あらゆる方々がこの動きの只中に存在しています。これをよしとするのもいなとするのも各自自由ですので、各々直観に基づいて決断し、行動すればよいと思います。世界は自分で択び想像し実現化する事ができるようになっているようですので…

 

 

この観点で「エヴァンゲリオン」を考えてみたときに、まず思いつくのがデザインとして多用される「プロビデンスの目」で、秘密結社「ゼーレ」のロゴマークや、使徒と呼ばれる敵キャラなどにもこの「目」が多用されており、もし続編ができるとすればこの辺りの表現にどのような変化が表れてくるのか、というところも見どころの一つになるように思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

画像は我が家のエヴァ関連商品です。大きい商品は置く場所がないため手のひらサイズの可動フィギュアが複数体有ります。

 

 

 

 

 

 

動画は最近お子さまがいらっしゃる事を知ったエヴァ芸人の稲垣早希さんのご夫婦動画。

 

 

 

 

 

こちらの画像は自分の制作中の油彩作品の一部です。

 

 

 

 

ではまたー。